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遺跡

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~~引用ここから~~

1: エタ沈φ ★@\(^o^)/ 2014/06/30(月) 22:05:50.42 ID:???.net
これまでで最も古いヒトの便の化石が発見された。約5万年前までさかのぼるこの化石は、大量の肉を食べていたネアンデルタール人が野菜もたっぷり食べてバランスを取っていたことを示唆している。

 現生人類が到来した約3万年前、近縁種にあたる旧人のネアンデルタール人はヨーロッパから姿を消した。
野営地に残されている骨から、ネアンデルタール人はマンモスやトナカイを捕まえ、それらの肉ばかりを食べていたと考えられてきた。

 ところが、「PLOS ONE」誌に25日付で掲載された論文でとり上げているネアンデルタール人の便は、ベリーやナッツなどの野菜もたっぷり食べていたことを示唆している。

 世界最古の便はスペイン南部にあるエル・サルト(El Salt)の遺跡で発掘された。この遺跡には複数の炉がある。
研究チームは当初、肉を調理した際に落ちた脂の科学的な痕跡を求めて炉を調査していた。すると、一番上の層から約5万年前の便の化石が見つかった。

◆意外な発見

 ネアンデルタール人の食事に関する手掛かりを得るため、研究チームは便の化石を砕き、その化学的な構造を分光法で調べた。注目したのは、肉や野菜の消化を細菌が助ける際につくり出される化合物だ。

 まず、肉と関連のある4種類の脂肪が特定された。さらに、コレステロールに関連した2種類の化合物が発見された。これらは紛れもなく植物の特徴だ。

 研究を率いたマサチューセッツ工科大学(MIT)のアイナラ・システィアガ(Ainara Sistiaga)氏は、「彼らは確かに大量の肉を食べていたが、われわれは雑食性だったと考えている」との見解を示している。
システィアガ氏は地球科学と考古学の両面から研究を行っている。

 化学分析では植物の種類まで特定できなかったが、花粉を分析した結果、ネアンデルタール人が現在のスペインにあたる地域で暮らしていた当時のベリーやナッツ、塊茎である可能性が示された。

続きはソースで

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140627-00000002-natiogeog-sctch
http://amd.c.yimg.jp/im_siggSLFLFCeU9DrsHRNsWw49_A---x450-y338-q90/amd/20140627-00000002-natiogeog-000-0-view.jpg

プロワン
The Neanderthal Meal: A New Perspective Using Faecal Biomarkers
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0101045
~~引用ここまで~~


引用元: 【人類学】ネアンデルタール人は野菜も食べていた

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~~引用ここから~~

1: Cancer ★@\(^o^)/ 2014/06/10(火) 19:04:22.82 ID:???.net
最初の農耕民は船乗りでもあった
Michael Balter, June 9, 2014 - 3:30pm

シリア、テル・ハルーラの初期農耕遺跡で見つかった古代の骨格(囲み)から採取されたDNAはヨーロッパへの農耕拡散が海洋ルートであったことを示した
http://news.sciencemag.org/sites/default/files/styles/thumb_article_l/public/sn-earlyfarmers.jpg

約10,500年前、中東の狩猟採集民は定住と作物耕作を始め、世界初の農耕民となった。
しかし2つの新しい論文は彼らが陸と海の両方を活動の場としていたことを示している。
新しい研究には、初めて報告された初期中東農耕民からの古代DNAが含まれる。古代人と現代人から採取されたDNAの研究は、農耕が沿岸ルートを通ってヨーロッパに広まったことを示した。農耕民は舟を使ってエーゲ海と地中海を島伝いに横切ったらしい。

考古学者たちは農耕が中東で起こり、その後ヨーロッパに広まったことを昔から知っていた。数百地点の初期遺跡の放射炭素年代が東から西に順に新しくなっているためだ。
だがそれは粗い見当にすぎない。近年、遺伝学者たちが現生と古代の人々のDNA配列を解読することによって詳細を埋めてきている。多くのヨーロッパの遺跡は比較的冷涼な条件で古代人骨格のDNAが残りやすい。だが中東はとても温暖で乾燥した環境のため、研究者たちは最初期の中東遺跡で見つかった多数の骨格のDNA配列解読に失敗していた。
そのため、少なくとも8000年前に始まっていた、中東からヨーロッパへの農耕拡散の最初期段階の理解には大きな空隙が残っている。

1990年代初頭からスペインのチームはシリアにある3つの古代農耕遺跡を発掘してきた。
そのうちいちばん古いものは10,500から10,000年前の年代にわたっている。まさに農耕革命の始まりのころだ。先週PLoS Genetics誌の中で、チームはこのテル・ラマド遺跡とテル・ハルーラ遺跡(上写真)から発掘された15骨格のミトコンドリア(生細胞のエネルギーユニット)DNA配列を部分的に解読したと報告した。これは初期中東農耕民から採取された古代DNAの初めての報告だ。

これらの古代集団から「[遺伝]データが利用可能になったのは明らかに凄いことだ」
とボルドー大学(フランス)の古遺伝学者、マリー=フランス・デギユー(Marie-FranceDeguilloux)は話した。彼女はそのようなDNA配列がヨーロッパへの農耕の拡散を追跡するのに「きわめて重用」だとつけ加えた。

論文の筆頭著者、リバプール・ジョン・ムーア大学(英国)の人類学者、エバ・フェルナンデス(Eva Fernandez)はチームの成功の秘訣を2つの要因に帰した。第一にシリアの農村の遺体は家屋の床下の穴に埋められ、厚い泥で封じられていた。それがシリアの夏の極高温から骨格を保護したと考えられる。第二に、骨格はこの穴から掘り出されてすぐに冷涼な保管庫に入れられた。それもDNAをさらなる分解から保護した。

>>2以降につづく

ソース:ScienceNOW(June 9, 2014)
First Farmers Were Also Sailors
http://news.sciencemag.org/archaeology/2014/06/first-farmers-were-also-sailors

原論文1:PLoS Genetics
Eva Fernandez, et al. Ancient DNA Analysis of 8000 B.C. Near Eastern Farmers Supports an Early
Neolithic Pioneer Maritime Colonization of Mainland Europe through Cyprus and the Aegean Islands.
http://www.plosgenetics.org/article/info:doi/10.1371/journal.pgen.1004401

原論文2:PNAS
Peristera Paschou, et al. Maritime route of colonization of Europe.
http://www.pnas.org/content/early/2014/06/04/1320811111

プレスリリース:Universitat de Barcelona(06/06/2014)
Mitochondrial DNA of first Near Eastern farmers is sequenced for the first time
http://www.ub.edu/web/ub/en/menu_eines/noticies/2014/06/007.html

引用元: 【遺伝学】最初の農耕民は船乗りでもあった シリアの遺跡から古代DNA

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1: 兄者P提督◆oVQwBwg15o 2014/04/20(日)17:48:37 ID:kp9Oh81qk
 デンマーク最古の都市の1つとして知られる中部の街・オーデンセ。
この街の広場で昨年から行われている遺跡発掘作業の中で、先日、昔の人々の生活ぶりが分かる貴重な資料が発見されたそうだ。
それは、未だ臭いを放つほど保存状態が良好な、1300年代に使われていたとされる“樽のトイレ”だった。

 デンマーク紙コペンハーゲン・ポストやユランズ・ポステンなどによると、樽のトイレが見つかったのは、昨年から始め、現在も発掘作業が続けられているオーデンセ中心部にある広場。同国の考古学者らが昨年、土の中に埋まっていた複数の大きな樽を見つけ、分析作業を進めたところ、内容物などから人の排泄物と判明し、樽は1300年代にトイレとして使われたものだと結論づけたという。700年も前のものでありながら保存状態はとても良好で、未だ樽からは「臭い匂い」がしているそうだ。

この面白い発見がいかに歴史的に重要なのかを教えてくれたのは、発掘作業に携わる考古学者のマリア・エリザベス・ラウリドセンさん。
(以下略)

続きは引用元でどうぞ↓(引用元:ナリナリドットコム)
http://www.narinari.com/Nd/20140425563.html
画像:
http://www.narinari.com/site_img/photo2/2014-04-18-204846.jpg

まだ臭う700年前のトイレ発見、排泄物や革・布などお尻拭くアイテムも。[4/18]の続きを読む

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1: 名無しさん 2014/03/31(月)00:06:03 ID:oIezMR3MR
 トカナ読者のみなさんは、巨石遺跡のことをご存知だろうか? わかりやすいところではイースター島のモアイ像などだ。
「誰が、一体何のために!?」…そのスケールの大きさから、どういった方法で作られたものなのか…謎だらけの遺跡が新たに注目を集めている。

■シベリアの超巨大・巨石

 ロシア・シベリア南部の山岳地帯ゴルナヤ・ショリアは美しい山が連なっている穏やかな場所であるが、そこで発見された巨石遺跡は群を抜いた大きさなのである。この巨大さ、伝わりますか…?
 23日付のカナダの投稿型情報サイト「BEFORE IT'S NEWS」の記事によると、今まで過去最大と言われていた古代文化遺産はユネスコ登録されている「レバノンのバールベック」で、
石の重量は推定800トンといわれている。しかし、この「ゴルナヤ・ショリアで」1番大きいものはその3倍以上、つまり、2400トンくらいではないかといわれているのだ!
ちなみにピラミッドの平均石重量は2.5トン、イギリスのストーンヘンジは50トンである。
さらに、こちらの巨石に注目してほしい。
 写真の石は約40mもの高さがあり、長方形の石を組み合わせて曲線を描くように重ねられている。
人が通ることができる通路まであり、明らかに(?)人工的な加工が施されているのだ。

 この記事を読んだ人達からは

「素晴らしい!」「信じられない…」といった称賛の声や、

「エイリアンの仕業だね」「昔は大きな石を運べる巨人がいたの違いないよ」

 というものまでコメントが寄せられている。

 真実は何処にあるのか…、たまには少し足を止めて、古代に思いを馳せてみるのも良いかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=kngM_Pz20bw


http://tocana.jp/2014/03/post_3866_entry.html

巨人の存在を感じさせるような「超巨大遺跡」がシベリアで発見されるの続きを読む

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1: 白夜φ ★ 2014/01/05(日) 21:50:35.48 ID:???
2013.12.18 WED  5,300年前の中国遺跡で「飼いネコ」を発見

ネコが人間に飼われるようになったプロセスを示す最古の証拠とされるものが、中国で見つかった。
老齢になるまで人間がエサを与えていたネコもいたようだ。

ネコと人間の結びつきを示す最古の記録は、地中海のキプロス島で見つかっている。
キプロスで約9,500年前、幼いヤマネコが人間と一緒に埋葬されていたのだ。
また、エジプトの芸術作品やネコのミイラから、4,000年前までにはネコが人間の大事なペットになっていたことがわかっている。
しかし、それがどのように行われていたかを示す直接的な証拠はこれまでなかった。

「特にネコのような、単独で行動し、遺跡で発見されるのが極めてまれな動物については、人間に飼われるようになったプロセスを明らかにすることがこれまではできなかった」と、ワシントン大学の研究者フィオーナ・マーシャルは語る。
同氏は、このほど中国中央部の遺跡である泉湖村(Quanhucun)で、その過程を示す証拠を見つけたと発表した研究チームのひとりだ。

マーシャル氏が中国科学院のヤオウー・フーらとともに『PNAS』に発表した論文によると、泉湖村では、約6,000年前から人間が定住していた。
考古学者らはここで、住居や貯蔵穴、陶器、そして植物や動物などの痕跡を発見した。
動物は、ネコやイヌ、シカなどだった。

骨の中の同位体から、その骨がどのくらい前のものであるかがわかる。
さらに、炭素と窒素の同位体の割合から、その動物の食生活がわかる。

見つかった骨は約5,300年前のものだった。
そして、食生活の分析から、イヌ、ブタ、およびネズミはもっぱら穀類を食べており、ネコは、穀類を食べる動物を狩っていたことがわかった(おそらくネズミだろう)。
遺跡の発掘では、ネズミが貯蔵穴の近くに住んでいたことがわかった。
これは、農民がネズミ問題を抱えていたということであり、その問題には、ネコたちが役に立ったかもしれない。

狩りよりも穀類で栄養を得ていたことを示すネコの骨も見つかっている。
これは、人間がネコに餌を与えていたと考えることができる。また、老齢まで生き延びたネコの骨も見つかっている。
これもまた、人間がネコの世話をしていて、だから野生のネコよりも長く生きたということを示すと見られる。

現在のネコは、基本的にリビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)の子孫だとされている。
しかし、泉湖村のネコについては、血統を突き止められるだけのDNAを見つけることができなかったため、彼らがこの血統に属していたという確信は得られていない。

※米英独等の国際チームによる2007年の研究では、世界のイエネコ計979匹をサンプルとしたミトコンドリアDNAの解析結果により、イエネコの祖先は約13万1,000年前に中東の砂漠などに生息していたリビアヤマネコだとされた。
現在のリビアヤマネコは、アフリカ北部、中近東、アラル海までの西アジアに生息している。

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▽記事引用元 WIRED 2013.12.18 WED配信記事
http://wired.jp/2013/12/18/earliest-evidence-of-cat-domestication-found-in-china/

▽関連リンク
PNAS
Earliest evidence for commensal processes of cat domestication
http://www.pnas.org/content/early/2013/12/12/1311439110.abstract

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1: TEKKAMAKI(秋田県) 2014/01/05(日) 00:21:07.82 ID:Qgaf8hVJ0 BE:761865236-PLT(12123) ポイント特典
東日本大震災の被災地で高台移転事業が本格化する中、宅地などの造成工事で出てきた遺跡の発掘調査が進んでいる。

【画像】
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140104/trd14010422240011-p1.jpg


多様な年代の遺跡が見つかり、資料の乏しい中近世の空白を埋めるほか、奥州藤原氏との新たな関係性を示す出土品もあり、歴史の通説を覆す可能性も指摘されている。津波で大きな被害を受けたふるさとの歴史を掘り起こす思わぬ副産物に被災者らの期待も高まる。(高木克聡)

 岩手県大船渡市三陸町で昨年12月中旬、発掘された戦国時代のものとされる城館「小出館(こいでたて)」の遺跡発掘調査の説明会が開かれた。

 市によると、遺跡からは、鉄粉など製鉄施設の跡や高価な陶磁器、銅銭などが発見され、担当者も「交易などで富を得た豪族がいたのでは」と推測する。 

 大船渡市をはじめとする県沿岸部の三陸地方では、めまぐるしく勢力図が塗り替えられた戦国時代前後の文書などがほとんど残存していない。
三陸町でも南北朝時代以降から江戸時代にかけての歴史は空白のままで、地域を治める豪族の名前すら不明だ。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/140104/trd14010422240011-n1.htm

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